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INTERVIEW

静岡から東京へ。サッカーの「黒子」が、組織の「要」になるまで

静岡から東京へ。サッカーの「黒子」が、組織の「要」になるまで

伊藤 領吾 Ito Ryogo

アライアンス事業部 / 2024年 入社

地元に密着した金融や保険の営業から当社へ。
おひさぽ事業部、コンサルティング事業部を経て現在はアライアンス事業部のマネージャーとして、三方良しの体現を最前線で推進する。

フィールドで学んだ「組織の縮図」と現実主義な自分

伊藤さんは、小学校から大学までずっとサッカー一筋だったそうですね。

はい、各カテゴリーで全国大会を経験してきました。

チームとしてのピークは大学時代で、インカレや天皇杯など、日本のトップレベルを肌で感じる環境にいました。

ただ、私は決して華やかなスター選手ではなく、影で支える「黒子」に回ることが多くて。ディフェンスのように、周りを見て調整する役割です。

自分の中ではすごくいい経験になっていると思います。ただ、思い出としては「嬉しくない方」が強くて(笑)

中学生の時、「あと一勝すれば全国」という試合でなかなか上手く機能せずに負けてしまった。その悔しさが、今でも一番印象に残っていますね。

11人で戦うサッカーは、まさに「組織の縮図」です。誰がどの役割を担い、どう全体をまとめていくか。

その経験が、今のマネジメントの原点になっていると感じます。

プロを目指そうという気持ちはなかったのですか?

小学校の文集には「夢はサッカー選手」と書いていました(笑)

でも、自分の性格上、幼少期から現実主義なところがあって中学・高校と進む中で、どこか冷静な自分がいて。

「自分はプロとして第一線で生き残れるか?」と、自分の実力を客観視して、限界を察してしまったんです。

そこは一つ、今でも心残りな部分ではありますね!

理想を追いながらも、地に足をつけて一歩ずつ進んで最後まで諦めずに「やり抜き続けた人」だけがプロになる。

その厳しさを知ったからこそ、ビジネスの世界では誰よりも「泥臭く、着実に」成果を出そうと決めました。

地元・JAでの8年間。「人生の節目」を共有する喜び

卒業後は、地元の静岡で協同組合に就職されましたね。

とにかく地元が大好きだったんです!風景も、人も、時間の流れも自分に合っていて。

世話しなく時代が動く中で、心が休まる場所

自分をリセットできる大切な場所で働きたいと思い、地域に根ざした企業を選びました。

そこでは、8年間勤務しました。最初の3年間は金融部門で、いわゆる銀行業務です。地元の事業者を回って他行からのお振込みを変えていただくような地道な活動をしていました。

その後の5年間は、保障の分野で保険の営業を担当していました。

100人いた同期が3年で半分になるような厳しい世界でしたが、私は、お客様の人生に深く入り込めるこの仕事が好きでした。

一番印象に残っているお客様とのエピソードを教えてください。

三世代で暮らす農家のお客様ですね。

訪問するたびに、お孫さんの大学受験の話をしていて合格発表の日にたまたま伺ったら、泣きながら「受かりましたよ!」と報告してくれたんです。

仕事の内容とは直接関係ないですが、地域に根ざしているからこそお客様の人生の一端を共有できたその温かさが何より嬉しかったですね。

インタビュー中の伊藤 領吾

「何者でもなかった」からこそ、2年でマネージャーへ

そこから、なぜ東京のスタートアップへ転職を?

当社の掲げるミッションに強く共感したのが一番です。あとは、義理の父が早くに亡くなったことも関係しています。

これまでは「地元」という狭い範囲にフォーカスしていましたが、「もっと広い視点で学びたい、組織として大きなことを成し遂げたい!」という挑戦心が芽生えたんです。

環境は地元とは全然違いますが、東京は経済の動きや情報の量が圧倒的です。それをキャッチアップできる今の環境は、すごくポジティブに捉えています。

入社して2年弱でマネージャーを任せていただきました。非常に早いキャリア形成ができたのは、「何者でもなかった」のが良かったのかもしれません。

「何者でもなかった」とは、どういう意味でしょう?

特定の型に固執せず、状況に応じて自分をリメイクしながらお客様目線にも、会社目線にも演じ分けることができていたのかもしれません。

それはサッカーで、スター選手を支える「黒子」として、周りをよく見てポジションを調整し続けた経験が生きていると思います。

一歩引いて、主観を入れずに周りの状況を聞きながら「調整する力」が今のマネジメントのルーツになっている気がします。

変化し続ける環境で、自走できるエンジンを積む

伊藤さんから見て、当社で活躍する人の共通点はなんでしょう?

人を巻き込んで任せられること。あとは、変わり続ける環境に適用し続けられるリーダーシップですね。

会社のカルチャーに適合しつつ、自らを変容させていける人が活躍していると感じます。特に経験のない若手の方に大事にしてほしいのは、一言で言えば「ポジティブな謙虚さ」です。

何事もまずは吸収して受け止める素直さと、その上で自分なりの答えを見つけ出す「熱さ」をどれだけ持てるか。

ポジティブで、かつ謙虚である。これが大事ですね。

インタビュー中の伊藤 領吾

地元が好きだからこそ、一度「東京」へ出てほしい

最後に、地方から東京へ出てくることを迷っている方へメッセージを。

私ももともとは「地方マインド」が強いタイプでしたが、東京に来くことで得られる気づきは間違いなく地方より多いです。

地方で取りに行こうとしても限界がある情報を、東京の本社という動きが速く複雑な環境でキャッチし、まず飛び込んでチャレンジすること。

それがその後の人生の大きな糧になるはずです。

地元が好きなら、まずは東京という厳しい環境で力を蓄え、いつか成長した姿で還元すればいい。私はそう考えています。

自走できるエンジンを、まずはこの環境でレベルアップさせてほしいなと思います!

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